卒業生紹介

【 父母の声 】

生活団卒業式を終えて

 

前日の夜には「たくさん話すことがあって覚えられへん。胸がドキドキする。」と少し緊張気味な様子でした。当日は展示や合奏、発表と盛りだくさんで、これだけのことを準備するのは大変だっただろうなと思いました。でも内緒にしていてくれたおかげで一つ一つをじっくり楽しむことができました。子どもたちがどんな思いで作ったのかなと想像してみたり、また自分の言葉で一生懸命話す姿はとても立派だと感心しました。生活団の3年間で育ててもらったことの一つにふんぱつする気持ちがあります。入団前はとても慎重派で初めてのこと・ちょっと難しいことは「できない。」と言って挑戦しようともしませんでした。それができるようになりたい、やってみようと思えるようになり、今では失敗をおそれず頑張ってみようと勇気をもてるようになりました。この大きな成長を嬉しく思います。幼児期の3年間を生活団で過ごすことができたことを有難く思います。良く耕された心の畠をこれからもよくすき、親子で成長していきたいです。(70回生 KU母)

3年間を振り返って


3年間を振り返って先日、パソコンで自由学園のU-6のアンケートに答えていると、長女が生まれてからのこの6年間の事を思い出しました。「私の悩みのほとんどは、生活団へ通う事によって解決されたなあ」と思い、生活団の有り難みをヒシヒシと感じました。長女が生まれ、初めての育児。夜泣きや少食、言葉の遅さ、一つ一つの事が重く感じ、主人も朝出て行くと帰りは夜中なので、日中は娘と二人っきりの生活、これが「密室育児と言うものか」と、とても寂しく不安な日々でした。生活団へ入団してからは、生活団の母達からアドバイスをもらったり、時にはグチを聞いてもらったりと、私にも同じ目標に向かう仲間ができ、孤独感から解放されました。振り返ると、悩みも解消され、子育てをとても前向きに楽しめる様にもなっていました。  もう一つ生活団へ入った事で良かった事があります。主人の子育てへの態度がとても積極的に変わったことです!主人も生活団の行事や父母会へ参加したりと、生活団へ関わっていくうちに、家庭での子育てに関する会話もより深くなり、励み表に取り組む娘への関わり方も協力的になりました。私が「子どもの事がわからない!」と思うことがあっても主人が「きっとこう思ってるからだよ」と、別の視点からさっとアドバイスしてくれたり、今では子育てのパートナーとしてもなくてはならない存在となってくれています。 この春から次女が入団し、第三子も出産予定で、とうてい私一人では生活をまわしていく事が出来ません。主人が今からどう協力してくれるか、色々思案してくれています。時間がない主人がこんな風に家庭に協力的になってくれたのは「生活団あっての事」だと思います。生活団にとても感謝しております。(MM 卒業式を前に 6歳組母)

1年を振り返って

 

5才組の1年が終わりました。力を合わせること、自分で気づいて行うこと、5才でまかれた種です。そのことを自らできたときには心から強くなったと喜びますが、ときには手洗いするのに何度も声をかけたり、やりっぱなし出しっぱなしだったり、返事をしなかったりとできる事もせず部屋をちらかしたままで、空気は暗く重く私の心も穏やかではありません。まかれた種が土から芽を出すまで土を見るだけでは変化はないけれども種から芽が出て根を伸ばし毎日毎日土の中では大きな変化がおこっています。子どもも同じように昨日も今日もできていないことがあって、その変化はないように思えていても子どもの体や心には変化があり、よい方へよい方へと伸びていっているのだと思います。長い時間かけて熟したものは本物であり子どもの力になります。5才の最後には決心の励みがあり、娘は「脱いだ服を脱いだときにぴしっっとたたむ」でした。最初の6日、忘れているときには私が声をかけました。6日目には「明日からあなたの力で灯台の光をひからせて」と言い、娘もやる気を出しましたが、次の日から4日間光る日はありませんでした。春休みの励みは「まだむつかしいから、もう1回がんばる」と言い、励み表を作りました。この何日間きちっと正座して服をたたんでいる姿を見ると、娘が自分と向き合っているんだなと感じます。娘の力を出す姿から私自身の弱さに立ち向かうことを励まされ、私も娘と共に育っているなと思います。娘と一緒にテレビの遠い国の美しい風景をみました。その色や自然の美しさをみて、私が「きれいだねー」と言うと、娘は「神様がつくったのかな」と言いました。子どもとの生活の中でいろんなことを感じ幸せだと日々思います。(MN 5歳組母)

 4才組になってひとりでできるようになったことが、とてもたくさんあって「すごいな」と改めて思います。身の回りのこと以外にも、かばんを背負ったり、生活団の準備をしたり、植物のお世話をしたり、合奏、お料理など、様々なことができるようになりました。1年間ってあっという間と思っていたのですが、その内容を見ると何と濃い時間なんだろう・・・と感動します。ちょっととまどっている様子の子どもが、日がたつにつれてぐいぐいと生活団を自分のもとに引き寄せて、自分の生活の中にしっかりととり込んでいった1年だったように思います。 わが子ってこんな人だったんだと私も驚いたり、感心したり、また苦笑いしたり、いろいろな発見がありました。きっと子どもも「お母さんってこんな人だったのか」と思っているはずです。たくさん会話し挑戦し、いっしょに時間をすごしました。 子どもは「もうすぐ5才組になる」ということがわかっているようで、「教えに行くのわたしたちやなー」と新4才さんに教えに行くことにもはりきっています。(NN 4歳組母)




卒業式を終えて

 今まで3年間、大人の方が常に子どもを支えて成長を見守り、花はまだか?と心待ちにしているイメージだったのですが、卒業式を終えて、子どもは大人が思っている以上に見えないところで根をのばしていて、ぐんぐんと成長しているのだな、と感じました。 大人はその子ども達にいろいろ教えてもらい考えさせてもらいました。 大人がその成長を続ける子ども達の足を引っ張らないように、手を放すべきところは潔く手を放して、大空に羽ばたかせていってあげたいと強く思います。

 3年間お世話になった先生方には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 子どもの成長を通して母達も成長させてもらいました。 本当に手がかかるのは親の方だったのではないでしょうか。 今振り返るとそんな気がします。 私は生活団に息子を通わせたことで、人生が変わりました。 たくさんの宝物を頂きました。 本当にありがとうございます。

 息子は今、ランドセルにピカピカの筆箱や色鉛筆を入れたり出したりして、また嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねています。 お支度をしたいのだなと思ったので、入学までに準備するいろいろなものを2人で相談しながら揃えていこうと思います。 まずは息子にもわかるように表を作ろうかと思います。これからも生活団でしたこと全てが、私達のどうしたらいいかな?という場面でのヒントになっていくと思います。 そう思うと心強いです。 (68回生 SF母)

                                    

よかったこと、こまったこと!

・幼稚園に比べ子どもと過ごす時間が多いので、子どもとの関わりが増え、子どものことをよく見ることができてよかったと思う。また、母同士の関係性もよくて、何でも素直に話ができることが私の中で救いになりました。困ったことは、登団日以外の日、子どもは目的がはっきりせず、朝のお支度も急いでする必要がないせいか、ダラダラと午前中を過ごすことがあり、母も集合日の次の日はダウンしてスイッチが入らない日がありました。が、6才組になって、卒業もだんだん身近なものになってきて、子どもも母も小学校を意識してか、生活団の日とそうでない日の過ごし方に差が少なくなってきました。

・読書を通じて、生活のこと、子どものこと、母のこと等、多くのことが勉強できた。指導者のあたたかい気持ち、本気になって考えてくれる母達、子ども主体の教育、3年通うことで成長を実感できることや、音楽や、絵、動物や植物など、“本物”にじっくり触れ合えることが、よかったことです。

・裁縫が苦手で困ったが、上手な人にアドバイスをもらえた。

・子ども自身が自分で考えたり、決めたり、自分の気持ちを伝えたりできるようになっていくことがよかったこと。生活団は、母にとって子どもをどう導いていくかを学べるところ、子どもと、じっくり、みっちり、どっぷりとつき合えるところ。

・子どもと一緒にいられる時間が多く、子どもの心の教育に専念できる点、母や母同士が多くのことを学ぶことができる点、子どもの自立性や感性を育てることができる点、さらに音楽・芸術・動植物の世話など学ぶことができる点などがよかったと思う。


こどもが変わった! 

入団してみると、子供同士で色々な事を一緒に励み合う事で、母が教えるより子供自身のやる気が違うのを感じました。 何より、大人が先回りしないで、いつも子供たちに考えさせる教育にひかれました。 早寝早起きも、私がしたい事ではなく、子供がしたい事になり、そのために子供とどうしたらいいか考えていきました。 私が子供と一緒に生活団で成長させてもらっている事を、いつも感じています。(H.K)

こどもも一人の人格として 

 
生活団では子供は子供としてだけでなく、一個の人間、人格者として扱われているということです。様々な場面で子供の言葉に耳を傾けてくれる。そういう場所は、ここ以外にはないのではないかと思います。 ただ一日の予定をこなしていくだけの所ではなく、時々立ち止まって子供達の話を聞いたり、言えるまで待ってくれたり、 そういう時間をあたえてもらえることはとても貴重なことだと思います。 (Y.M)